堀田善衛さんについての勉強会に参加。
堀田善衛さんは、ジブリの宮崎駿さんが大変に影響を受けた人物ということで、ジブリや文化関連に関心が高いメンバー数名で、堀田善衛さんがひたすら語る番組を視聴。
今回は「乱世」を軸に、ゴヤを語る会でした。
会場を提供してくれた訪日外国人観光者メディアMATCHAさんのオフィスにお邪魔しました。
堀田善衛のDVD上映会始まりました。 pic.twitter.com/rghWGFmvfd
— 青木 優 |MATCHA Inc. (@yuuu_a) April 21, 2019
堀田善衛さんがゴヤを題材とした物語を書く上で、その生涯を語るのですが、大きなテーマは「共感と静視」だったように思います。
フランス革命期のヨーロッパという乱世に直面したゴヤと、第二次世界大戦前後を経験した堀田善衛さん。直視できないようなことも、みて、残す姿勢。歴史の変わり目に直面し、表現することへの共感。
歴史に糸口を見つけ、今を静視し、未来を想う。そんな堀田善衛さんの姿勢には、たしかにジブリのものづくりにも通じることがあるようにも感じました。
この勉強会に合わせて、「上海にて」という堀田善衛さんのエッセイ(ルポタージュに近い)を読みました。
情景が目の前に浮かぶほどの緻密な描写が印象的で、これはきっと、堀田善衛さんがそのシーンに立ち向かった瞬間の感覚をもの凄い集中力をもって記憶に刻み込んだ賜物のように思います。
「上海にて」では日本と中国の関係が語られているのですが、とても印象に残っているフレーズを引用します。
『私は、文学としての普遍性、理解可能性を先に立てていくよりも、むしを逆に、いかにそれが理解しがたいか、その異質性、断絶がいかに深刻なものであるか、容易に、ああお隣の中国の文学がなどという態度ではそれがまったくお座なりの理解にしかならないということ、そういう点から出発していった方がよいのではないか』
この姿勢は単に、中国と日本という二国間の問題についてのみではなく、物事に対峙する姿勢としてとても大切なもののように感じます。
この日の最後に書いた作品は二つの「視」。
生々しく。引っ掻くように。
1959年に書かれた本(上海にて)と、堀田善衛さんのスタイルは、
現代においてもたくさんの示唆を与えてくれました。
次の勉強会が今から楽しみです。
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