なぜ僕は書家になろうと思ったか。

僕は6歳のときに祖母に教えられて書道を始めました。

書道の練習が大好きでした。

でもそのころは、プロとしてやっていこうなどということは全く考えていませんでした。歳をとっても、趣味として続けられたらいいなと思っていたのです。大学3年の、ある経験をするまでは。

2017年2月、日本を出国する前にNippon Collectionさんにインタビューいただき、そのインタビューの中であらためて「自分がどうして書に取り組むことを決めたのか」をお話ししました。

そのお話。
(インタビュー記事はコチラ)

大学生のころまで、僕が取り組んでいた書道は主に臨書でした。いまでももちろん臨書はしますが、その当時はそれしかしていませんでした。

臨書というのは、古典や先生が書かれた書をお手本として書くというスタイルで、おそらく多くの方が経験したことのある書道・習字もこのスタイルだと思います。中学校までは、祖母や地元の書道教室の先生が書いてくれたお手本をもとに、せっせと練習しました。目指していたのはコンクールで賞をとれるような上手い字を書くことでした。

高校になって、中国や日本の古典に触れるようになりました。だが、このときもやはり目指していたのは「入賞」する作品を作ることでした。どんな古典を臨書すれば評価してもらいやすいか。どんな線が「上手い」という評価をもらえるのか。そんなことばかり考えていました。

書道に取り組む姿勢を大きく変えてくれたのは、東日本大震災後のボランティア活動での出会いでした。

 

2011年3月11日、僕は大学2年生。

あの日、オーケストラサークルの友人と一緒に、先輩の誕生日ケーキを買いに三鷹駅近くのケーキ屋にいたときに地震がありました。あの数分間の感覚は今でも鮮明に覚えています。

その後、4月の入学式が中止になったり計画停電が行われる中、大学3年に進級。

自分も何かしなければという気持ちがありながらも、震災直後に一学生にできることはほとんどありませんでした。

無理に東北へ行って、支援活動の妨げになっては元も子もありません。まずは、自分の足元をしっかり整えること。ボランティア活動はそれからだ、と自分に言い聞かせながら時間ばかりが過ぎていきます。

ようやくボランティア活動に参加できる機会が訪れたのは2011年6月のことでした。

大学の先輩が、掲示板にアナウンスしていた情報をみて「これなら自分にもできる」と思い、参加を決めました。そのときは想像もしていなかったが、多くの方・企業に支えていただきながらこのボランティア活動をその後2年間つづけることができました。

そのボランティア活動でのことです。

ボランティア活動をしていた岩手県大槌町の避難所でたまたま書道の話をしていたら、「せっかくだから何か書いてほしい」という話になったのです。それが、自分以外の誰かのために書く初めての作品でした。

制作の話をいただいたものの、書く言葉も決まっていなければ、もちろんお手本もなくどんな作品を書けばいいのか悩みました。そんな中で制作の軸になったのは、その方々が一番大切にしている言葉を書こうということでした。

大槌には鹿子踊(ししおどり)という伝統芸能があります。

海と山に囲まれた大槌で、山の恵みに感謝する踊りだ。ボランティア活動中に、実際にこの踊りを見せていただいたのだが、鹿頭(ししがしら)をかぶった踊り手が、笛や太鼓のお囃子にあわせて一心に舞う様子は本当に迫力があり、また、老若男女が参加するこの踊りに地域の伝統の重さを感じます。


Photographed By Takanobu MORI

作品制作のお話をいただいた方々が取り組まれているこの鹿子踊をテーマに作品を作ろうということで、「鹿鳴」という言葉を、伝統の重みを表現すべく篆書体(もっとも古い漢字体のひとつ)をベースにして書き上げました。その作品を見ていただく機会があり、「これは、本当に自分たちが考えている『鹿』そのものだよ」と喜んでいただけたあの瞬間は忘れられません。

僕にとってのそれまでの書道は、上手い字を書いた作品がコンクールで入賞すれば自分が嬉しい、というものでした。

でもこのときは、自分以外の「人」を想って書いた作品を喜んでもらえたのです。おごった言い方かもしれませんが、しかし、書道が誰かのためになるんだと感じた体験でした。

 

この体験から、もっともっと人の想いを大切にした表現や言葉そのものが持っている力をというのを強く意識して書に取り組むようになったのです。

もちろん、きれいな字を書くことも書の意義の一つだと思います。

しかし、言葉の持つ力はときに人を大きく変えることができます。
「言葉」を自由に表現できる書道という芸術の可能性は、僕がそれまで考えていたよりもずっと大きなものでした。

「綺麗だな」とか「上手だな」だけではない、もっともっと心を揺さぶるような、その人を突き動かすような、そんな表現を探っていきたいと思っています。

 

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