【顔真卿-王羲之を超えた名筆-に行ってきた】鑑賞レポート

顔真卿-王羲之を超えた名筆-(東京国立博物館)に行ってきました。

中国の国宝級の名筆、顔真卿の「祭姪文稿」がやってくるということで去年から楽しみにしていた展示。いよいよ行ってまいりました。展示のメインである「祭姪文稿」は、顔真卿が亡き親族を供養した文章の草稿で悲痛と義憤に満ちた心情が...云々という作品解説は巷にあふれているので、今回は展示全体から印象に残っていることをまとめました。

 

1、「王羲之を超えた名筆」とはどう意味か

2、やっぱり実物の情報量はすごい

3、作品の保存状態の良さ

4、「顔真卿」以外の作品の充実っぷり

 

書をやっている人はもちろん楽しい。
なかなか書に触れる機会がない人も、きっと楽しい。

ということで、書をやっている人にとって大変魅力的な展示であることは言わずもがなですが、普段なかなか書に触れる機会がないという人も、どういう書が歴史を作ってきたのか、美しい書という概念のベースはどんなところなのか、といった書の大きな潮流を観るという点でも分かりやすい展示になっているのでオススメです。

 

 

1、「王羲之を超えた名筆」とはどう意味か

 

今回の展示の前情報でまず気になっていたポイントがこの展示のタイトル。

「王羲之を超えた名筆」の部分。これはいったいどういう意図のタイトルなのでしょうか。一般的に考えれば、王羲之と顔真卿の歴史的評価で「一概に比べることはできない」と譲歩する部分を加味しても、「書」の文脈においてはおよそ王羲之を超える人物はいないのではないかと思います。たとえ顔真卿であっても、です。

という先入観があるので、この展示企画がどういう意図をもって「王羲之を超えた名筆」と考えているのかとても興味がありました。

実際鑑賞してみて、展示の意図がよくわかりました。

今回の展示は以下のような6章構成です。

第1章「書体の変遷」
第2章「唐時代の書 安史の乱まで」
第3章「唐時代の書、顔真卿の活躍」
第4章「日本における唐時代の書の受容」
第5章「宋時代における顔真卿の評価」
第6章「後世への影響」

この中で「王羲之を超えた」という意図を感じるのは特に第5章と第6章の展示です。

唐の時代に「神格化」と言ってもいいほどにその評価を高めた王羲之ですが、時代が下るにつれてその評価に変化が生じてきます。宋の時代に生まれた、ポイントとなる考え方は2つ。

・顔真卿の歴史的評価が定着してくる

・肉筆が存在しない王羲之よりも、実物(青銅器や石碑)に学ぶという考え方が生まれる

この2つの流れをもって、それまで絶対視されていた王羲之の書に疑問を呈すると同時に、王羲之以外の書を再評価する流れが生まれます。そういう意味で、「王羲之を超えた名筆」なのかなと個人的には理解しました。

このあと補足しますが、「実物の力」とはすごいもので、目の前に実際に存在する書に学ぶという姿勢が宋の時代以降に生まれてきたということには深くうなずけます。

 

 

2、やっぱり実物の情報量はすごい

実物の情報量というのはすごい、ということを再認識しました。

上の写真はこの展示で唯一撮影OKの作品。
唐の太宗皇帝による「紀泰山銘」。

普段、臨書の手本として参考にしているテキストもとてもきれいに印刷されたものだと思いますが、今回の展示のメイン作品「祭姪文稿」をはじめ、その他の拓本や書を目の前にすると、紙の質感や紙面の微妙な凹凸、墨の擦れ・滲みなど、印刷されたテキストではおよそ感じられない要素が一気にインプットされます。

これは音楽のコンサートなどでもそうなのだと思います。

やはり、いくら精巧な録音や映像を鑑賞しても、情報量という面では圧倒的に「生演奏」にはかなわない。実際に目の前で踊ったり歌ったり、演奏したりというのを鑑賞することは、単に音楽を耳で「聴く」ということ以外にも舞台を踏む音や、ホールの匂い、観客の空気感など、五感で音楽を感じられる魅力があります。

今回の書の展示でも、自身の目を通して観る本物の作品には、圧倒的な情報量がありました。

 

3、作品の保存状態の良さ

今回の展示で特に驚いたのは、いくつかの作品の保存状態の良さです。

特に「祭姪文稿」。

実物を目にしても紙の痛みというのはほとんど感じられませんでした。「祭姪文稿」が書かれたのは唐時代の758年。今から1300年くらい前の紙に書かれた作品がこれほどきれいに残っているのかと驚きました。中国の国宝級のお宝。所蔵されている台北・國立故宮博物院でも最後に展示されたのは2012年ということで、その保存と展示については超一級の配慮をしているのだと想像します。

同時に展示されていた日本の書、三筆・三蹟の作品も、1000年以上前のものとして、とても大切に保管されてきたのだと思いますが、どうしても紙に傷みが目立ちます。日本と中国の気候など、条件が異なるため単純に比較できることではありませんが、保存状態という点では「祭姪文稿」のキレイさは格別でした。

これだけ綺麗な状態で1300年前の作品を現代に鑑賞できるというのは、驚きと感謝です。

 

4、「顔真卿」以外の作品の充実っぷり

さて今回のメインは何と言っても顔真卿の「祭姪文稿」ではありますが、顔真卿以外の書作品の充実っぷりもすごい展示でした。どんな作品が展示されているのかは公式ホームページで作品リスト(https://ganshinkei.jp/img/pdf/list_j.pdf)を確認できます。

ごく控えめにいって「これだけの作品を一度に観られる機会は人生に一度あるかないか」くらいの、衝撃の作品リストです。
中国書の代表格、
礼器碑
曽全碑
楽毅論(王羲之)
十七帖(王羲之)
集王聖教序(王羲之)
孔子廟堂碑(虞世南)
九成宮醴泉銘(欧陽詢)
化度寺碑(欧陽詢)
雁塔聖教序(褚遂良)
自叙帖(懐素)
そのほか蘇軾、黄庭堅、米芾、董其昌、王鐸、傅山、何紹基、趙之謙

日本の書は、
久隔帖(最澄)※国宝
金剛般若経開題残巻(空海)※国宝
伊都内親王願文(伝橘逸勢)
李嶠雑詠(伝嵯峨天皇)※国宝
智証大師諡号勅書(小野道風)※国宝
詩懐紙(藤原佐理)※国宝
白氏詩巻(藤原行成)※国宝

 

などなど、国宝・重文の書道作品が目白押し。

何種類も拓本があったり、臨書作品が展示されているので比較しながら鑑賞するのも楽しいです。これだけの作品が集まるとは、東博に感謝です。

会期中に何度か作品の入れ替えがあるので観たい作品がある方は事前にチェックしておくとよいです。

 

日本の国宝の数々は、どの作品もそれ一つで十分に展示会のメインをはれるくらいの作品です。しかしながら今回は「顔真卿」という文脈での展示なので、ちょろっと紹介という程度に展示されています。しかも展示の後半部分ということもあり鑑賞する人もまばら。ゆっくり鑑賞するのに最高の条件です。

個人的には「詩懐紙」と「白氏詩巻」をこの日一番時間をかけて鑑賞していました。

それぞれの作品について詳しくはこちらの記事をご参照ください。

『白氏詩巻(藤原行成)』 作品の原文と意訳

藤原佐理/詩懐紙(臨書と原文・意訳)

 

 

さいごに

書をやっている人はもちろん楽しい。
なかなか書に触れる機会がない人も、きっと楽しい。

ということで繰り返しになりますが、書をやっている人にとって大変魅力的な展示であることは言わずもがな。普段なかなか書に触れる機会がないという人も、どういう書が歴史を作ってきたのか、美しい書という概念のベースはどんなところなのか、といった書の大きな潮流を観るという点でも分かりやすい展示になっていたのでおススメです。

展示の公式ホームページもとてもきれいにまとまっています。

 

 

【顔真卿-王羲之を超えた名筆-開催概要】

◆会場
東京国立博物館 平成館(上野公園)

◆開催期間
2019年1月16日(水)~2月24日(日)

◆休館日
月曜日(ただし、2月11日(月・祝)は開館、翌12日(火)は休館)

◆開館時間
9:30~17:00(金・土曜日は21:00まで)
※最終入館は閉館の30分前まで

◆チケット料金

一般 1,600円
大学生 1,200円
高校生 900円
中学生以下 無料
※障がい者とその介護者一名は無料です。入館の際に障がい者手帳などをご提示ください。
※本料金で会期中観覧日当日1回に限り、総合文化展(平常展)もご覧になれます。

待ち時間や混雑状況は公式ツイッターで確認できます。

 

 

 

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