3年間で、それはもう圧倒的に敵わなくなっていたという話。

僕はアマチュアオーケストラでオーボエを吹いています。所属しているオーケストラは、気さくな雰囲気で本当に素敵なオーケストラです。昨年公開された映画「オケ老人!」の音楽を担当していたりもするちょっとスゴいオケなんです。東京に住んでいるメンバーが中心だけど、仕事の都合などで東京以外に住んでいるメンバーも練習や演奏会にときどき参加する。週末の練習に新幹線で駆けつけてくれる方もいらっしゃるし、もう頭が上がらない。

演奏レベルがプロのオーケストラに及ばないことは自明であるけれど、音楽が好き・楽しいという気持ちをみんなが持っているし、ここ一番で集中したときの演奏は「音楽の力」というのを感じさせてくれる。アマチュアオケの神髄ここにあり。

そんな大好きなオーケストラで「プロ」の凄さを実感したことがある。

このオーケストラに僕は大学3年生のころから入っている。メンバーの職業は様々だ。会社員、教員、医師、学生、小説家という方も、、、。入団当時、同じ歳でオーボエを吹いていたHさんは音大生だった。もちろんそのころから彼女のオーボエはすごくうまかった。彼女が音大の2年生か3年生の年に演奏したモーツァルトのオーボエコンチェルトではソリストを務め、見事な演奏を披露した。

自由気ままに吹いている僕と、音大で学ぶ彼女のオーボエとは、そもそもの基礎とかテクニックとか音楽の理解とか、すべての面で全然レベルが違っていたことは言うまでもない。でも、根拠のない自信というか、図々しいというか、恐れ知らずというか、学生だったそのときは、ともすれば同じレベルの音を出せるときもあるんじゃないかと思っていた。本当にかっこ悪い考え方だけど、Hさんの調子がすごく悪くて僕の調子がすごくよかったら、なんて。いやあほんとに恥ずかしい。反省してます。

そんなこんなで、僕は大学を卒業後も東京に住んでいたからこのオーケストラでの活動を続けていた。一方、彼女は音大卒業と同時にヨーロッパ某国のプロオーケストラに所属することになり、このオケの活動にはなかなか参加できなくなった。

月日は巡り、3年後。

Hさんの一時帰国と時期を同じくしてオーケストラの演奏の機会があり、3年ぶりに一緒に演奏できることになった。3年前にも演奏したオーボエコンチェルトを彼女のオーボエソロで再び演奏し、そのほかの数曲を隣の席で吹かせてもらった。

そのときの彼女のオーボエを聴いた時の衝撃は言葉にならなかった。なんというか、ごく控えめに表現して、圧倒的にかなわなかった。調子がいいとか悪いとかそんな問題ではなくて、「オーボエを奏でる」という基本的なレベルとでもいったらいいのか、音楽をする姿勢が、アマチュアの僕とは比べ物にならないほど洗練されていた。

演奏の中で僕が想像できるレベルを軽々と凌駕していた。どうしたらきれいな音が出て、どういうフレージングがよくて、とか演奏にあたっての表現の範囲が、どれだけ背伸びをしてもまったくかすりもしないほど高いレベルで表現されていた。

きっと彼女なりにうまくいかない部分もあったんだと思う。でも、そのミニマム?ボーダー?のレベルが圧倒的に高い。これがプロなんだなと思うと同時に、3年間という時間の重さをひしひしと感じた。彼女が、異国のオーケストラで音楽に打ち込む中で、手に入れた技術なんだな、と。

僕自身、大学を卒業して3年間を過ごしてこのタイミングで会社を辞めてパリに住むという決断に至った中でも、もちろん大きな影響を与えてくれた経験だった。

あのとき彼女の奏でたオーボエは、大きな焦りを与えてくれたと同時に、しっかり僕の背中を押してくれた音楽だった。表現の分野は違っても、僕もプロとして斯くありたい。

彼女のオーケストラの演奏を聴きに行く日を楽しみにしている。