パリの夏祭りで出会った少年の言葉を、僕はこれから何度も思い出すだろう。

パリでの夏祭りに出店する機会をいただいた。

唐揚げやたこ焼きなど、日本でもおなじみの内容を提供する出店者が集まり、パリのど真ん中(2区)のパッサージュで開かれるお祭り。書道への関心を探る絶好の機会だ。

テーブル3つくらいのスペースに書道道具を広げ、色紙や半紙に名前を書くというサービスを提供した。

 

事前にはっきり決めていたことは「値段設定」の基準

 

今回の企画の中で、僕が決めていたことは一つ。

「子供が、自分のお小遣いで買える値段にすること」だ。

だってお祭りだから。

 

もちろん、数万円、数十万円で作品を買ってもらえることはすごくうれしい。

僕という人間をそれだけ信用していただけることには感謝感謝だ。

 

でも今回の場所はそういうところではない。

お祭りの場所というのは、ある意味子供のための場所でもある。

でも数万円、あるいは数千円だって、子供は自分の判断でそれを買うことは難しい。

 

「小杉卓」という名前とこれまでの実績で作品を買ってもらうのではなく、

お祭りの中の数分間の出会いの中で、「書」の魅力を買ってもらう。子供にも。

それが今回僕が決めていたことだ。

 

結果として、多くの子供に買ってもらえたことは本当にうれしかった。

そんなお祭りの中で出会った一人の少年の言葉が、今夜の祭りの余韻を格別なものにしてくれている。

 

 

 

その少年はじっと僕を見て、言った

 

祭りも中盤に差し掛かったころ、ある家族連れが目の前を通った。

その中の10歳くらいの少年がじっとこちらを見ていた。

2~3人のお客さんの名前を書いている間、時間にすれば15分くらいだろうか。

彼はずっと僕を見ていた。

 

そして少し客足が落ち着いたタイミングで、彼はまっすぐな目で僕を見て言った。

「お兄さんの字、キレイですね」と。

 

おじさんめちゃくちゃ嬉しかったよ。

字が「上手い」じゃなくて「キレイ」って言ってくれたこと。

 

僕は心から「ありがとう」といって、少年は家族の元へ戻っていった。

 

この少年との話にはまだ続きがある。

 

 

一人で戻ってきた少年

 

お祭りを一通り楽しんだのだろう。さきほどの家族が帰りがけにまた目の前を通っていった。

しかししばらくして、少年が一人だけで戻ってきて僕にこういった。

 

少年「名前を書いてほしいんです」

僕 「オーケー、君の名は?」

少年「お父さんの名前を書いてほしいんです。今日は父の日だから、お兄さんの作品をお父さんにあげたいんです」

 

そして、

「いつも”家族”を守ってくれるから」と言って、少年は「Family Name(苗字)」を書いてくれと言った。

 

・・・

 

もうおじさん泣きそうだったよ。

 

 

30℃を超える真夏日に、一度も座ることなくワンオペ6時間はなかなかしんどかった。

少なくとも50人以上の名前を書いた。

かなり勉強になったし、ありがたいことにそれなりの売上もあった。

 

でもそんなどんなことよりも、

この少年が言ってくれたことを僕はこれから何度も思い出すだろう。

 

キレイだから、と言って僕の作品を買ってくれたこと。

そして、大切な人への贈り物として僕の作品を選んでくれたこと。

 

僕が書道に取り組んでいる中でとても大事にしていたことを、

正直に、そして優しく応援してくれた少年に、ありがとう。

 

そうそう、

君のお父さんの名前は覚えているんだけど、大切なことを聞き忘れた。

人生のどこかでまた君に会えたら聞こう。

 

君の名は?

 

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