「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないのと同じように」。
ある有名な小説はそんな風に始まりますが、僕たちが追い求める「完璧な一杯」もまた、それに似ているのかもしれません。それは常に、どこか遠い場所にある理想のようなものです。

昨年のSORACHI 1984のバースデーイベントで、僕は一つの作品を書き上げました。
「一以貫之 〜挑戦し続けるものに期待を超える冒険を〜」
ソラチエースの生産者の静かな自負や、ファンたちの熱を帯びた言葉を一つひとつ丁寧に拾い集め、墨に溶かし込んで一気に書き上げた言葉です。
それは、理想の一杯に辿り着こうとする人々の、終わりのない旅の記録だった、といっても過言ではないかもしれません。

先日、その作品が「絵馬」という形になって、僕の手元に帰ってきました。
少しだけ、その絵馬が歩んできた奇妙で素敵な旅路についてお話しさせてください。
僕の手元に届く前、その絵馬たちは北海道の上富良野神社を訪れていました。
上富良野神社は、SORACHI 1984が「御神酒」として供えられるという、世界でも類を見ない場所です。
北の大地の清冽な空気の中で、絵馬たちは静かにご祈祷を受けました。「一つのことで貫き通す」という言葉が、神社の静謐な空気と触れ合うことで、単なる記号以上の、何か「祈り」に近い重みを纏ったのではないか。
届いた実物を手に取ったとき、僕はそんな風に感じました。
この絵馬は現在、全国の「SORACHI BASE」に届けられています。
もしあなたがどこかの街の酒場でこの文字を見かけたら、それはただのプロモーションではなく、上富良野の風をくぐり抜けてきた「冒険の欠片」だと思ってください。

完璧な一杯を求めることは、あるいは完璧な冒険に出ることに似ています。 ゴールがあるから進むのではなく、進み続けることそのものが、その一杯をより完璧に近づけていく。
冷えたSORACHI 1984を喉に流し込むとき、そのグラスの向こう側に、僕が込めた墨の香りと、上富良野の広大なホップ畑、そして終わりのない冒険の気配を、少しでも感じていただければ幸いです。
さて、今年の9月5日に向けて。
次はどんな冒険を、言葉にしましょうか。
小杉 卓