
音楽と書道。一見すると、異なるジャンルに思えるこれら二つの芸術が、一つの舞台の上で交じり合うとき、そこに生まれるのは、単なる「音楽+書」という足し算以上の、深く、不思議な現象です。
正直に申し上げると、私たちは舞台の上で「音楽と書」そのものを表現しようとしているのではないのかもしれません。
「境界面」としての書
では、私たちが表現しようとしているものは何か。それは、音楽と、その音楽を対面しているもの(観客、空間、時間、あるいは「静寂」かもしれません)との間にある、境界面のような、ゾーンのような、空間そのものにある「なにか」です。

この感覚を言葉に当てはめるならば、「触媒」という表現が最も近いように思います。
書は、この空間において触媒として機能しているのではないでしょうか。音楽が持っているエネルギーや波動を受け取り、それを新たな形に変え、空間全体へと放つためのスイッチ、あるいは加速装置のような存在です。
触媒とは、自身は変化することなく、化学反応を促進させる物質のこと。舞台上の書もまた、音楽という反応に立ち会い、そのエネルギーを増幅させ、観客の心や空間の「質」を変容させる役割を担っているように感じられます。
逆転する視点:「触媒」としての音楽
この構造は、一方通行ではありません。視点を逆にすれば、まったく同じことが言えるはずです。

「書と、それが対面するものとの触媒としての音楽がある」
筆が紙に触れる瞬間の静寂、墨の香り、そして一文字一文字に込められた精神。書が持つ内なるエネルギーに対し、音楽は触媒として働きかけます。書が生み出す静謐な世界を広げ、観客をその深い内省へと誘う。音の振動が、書の持つ空間的な広がりを時間軸へと引き伸ばし、立体的に感じさせてくれるのです。
表現の「間」に宿る真実

音楽と書による共演は、単なる二つのアートの並列展示ではありません。二つの表現の間に立ち現れる、名付けようのない空間、境界面、そして互いを高め合う「触媒」としての作用こそが、この表現形式の真髄なのかもしれません。
この不思議な「化学反応」こそが、見る人の心に深く響く、新しい感動を生み出す鍵だと、信じています。
小杉 卓