啐啄の機

「啐啄(そったく)」という言葉に出会ったのは、ほんの数日前の打ち合わせの席でした。

その方が大切にしている言葉として口にされたのを聞いて、思わず聞き返してしまった。恥ずかしながら、僕はその言葉を知らなかった。

卵の殻の中の雛が、殻を内側からつつく。それが「啐(そつ)」。同時に、親鳥が外側から殻をつつく。それが「啄(たく)」。この二つがぴたりと合ったその瞬間、雛はこの世界へと生まれ出る。

「啐啄の機」とは、そんな絶妙なタイミングを指す言葉。

ここ数日の出来事が、まさにそれだったんじゃないか、と噛み締めています。

先週は、メンタルヘルスケアと書道をテーマにしたオンラインのパネルディスカッションに参加させていただき、「書く」という行為が人の心や日々の生活にどう結びついているのかを改めて考え、語り合う時間になりました。書くことは、ときには呼吸のように、人に静かな力を与えてくれる。そんなことを強く感じた。

その後、虎ノ門のTHE SHOESHINE AND BARで靴磨きと書道のコラボイベント。「サイン磨き」と題して、参加者の名前のサインを磨き上げる、そんな時間を企画しました。

「30分間、自分の名前を書き続ける」と聞くと、ちょっとした修行のように思えるかもしれません。

でも実際には、皆さん夢中になってご自身の名前を書き続け、気づけばあっという間に時間が過ぎていた。その様子が、なんとも印象的でした。

そして週末には、所属している大学のOBオーケストラの演奏会がありました。

ある世代のメンバーにとっては、数年前、コロナの影響で中止になった演奏会のリベンジとなるプログラムでもあった。そして大切な家族への想いを共にする演奏会でもあった。音楽への想いが交差し、不思議なくらいにあたたかな時間が流れていました。

毎週の練習に鎌倉から三鷹に通うのは、なかなか大変なことではあるけれど、それでも音楽に向き合う時間は、僕にとってかけがえのないものだと、あらためて感じました。

そして先日、作品冊子をお送りした方から、「碧巌録の『卒啄同時』という言の葉も連想しました」と感想をいただいた。

どの企画も、「いつか、こんなことをやってみたい」と、それぞれが心に抱いていた想いが重なってかたちになったものでした。

殻の内側からの「啐」と、外側からの「啄」。それがちょうど重なった瞬間だったのだと思います。

小杉 卓

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