「そのまなざしで世界をとかしてよ」——友へ捧げる即興セッションと、生命の拍動

命を燃やして取り組めることに出会うこと。

生きている中で、これほど尊く、幸福なことはないと感じます。

昨年、一人の大切な友人が癌を患いました。 自らの「死」を意識せざるを得ないような、過酷で深い試練。その知らせを受け取ったとき、胸の奥を強く締め付けられた感覚は、今も消えることはありません。

そんな彼へ向けて、エールを届けるために企画した即興セッションから生まれたのが、書作品「そのまなざしで世界をとかしてよ」です。

ただ彼を想い、演奏し、書くということ

この作品は、ギタリストの秋田勇魚さんによる即興演奏と、私による書の即興パフォーマンスが交わる中で生まれました。

事前に決めていた演出や段取りはありません。 秋田さんと私が共有していたのは、「ただ、彼を想い、演奏し、書く」という、純粋で切実な一点のみでした。

頑なな境界を溶かす、類まれなまなざしへ

「そのまなざしで世界をとかしてよ」という言葉は、彼が持つ類まれな知性とエネルギーに宛てたものです。

彼は、複雑に歪み合い、課題に満ちたこの世界の事象を、独自の視点で抽象化し、再構築する並外れた力を持っています。

Unfreeze the world with your gaze.

彼の鋭くも温かな眼差しにかかれば、世界を隔てる頑なな境界線は脆くも解け、あるべき姿で再び結びつけられていく。 この言葉は、過酷な状況にある彼への深い祈りであると同時に、彼が再びそのまなざしで世界を鮮やかに描き変えていくことへの、確信に満ちた期待でもあります。

流動する音楽と、空間を留める墨

音楽が刻む「流動的な時間」と、墨が紙の上に留める「空間的な時間」。

二つの時間が重なり合う瞬間に立ち現れたのは、困難や恐れを溶かし、未来を再び再構築しようとする、静かで圧倒的な「生命の拍動」そのものでした。

人は誰しも、いつかこの命の終わりを迎えます。 だからこそ、今この瞬間に命を燃やし、誰かを想い、表現を重ねていく。

この作品に宿る熱量が、友の心に、そしていま何かの困難に向き合っている人の心に、静かに届くことを願っています。

小杉 卓

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