技術と余白を結び、本質的に「游ぶ」。游藝(ゆうげい)の始動

「游藝(ゆうげい)」と名付けた私たちの新しい取り組みのウェブサイトが公開されました。

▼ 游藝(ゆうげい)公式Webサイト
https://yugeiproject.studio.site/

循環のなかで「藝」を楽しむ実験的な取り組み

「游藝」は、それぞれの領域で表現と手仕事に向き合う仲間たちが集まり、自然の循環の中で人と社会の新しい関係を探る実験的な試みです。

  • 竹林再生と竹細工
  • 無農薬栽培のお花といけばな
  • 耕作放棄茶畑の再生と煎茶
  • 紡ぎだすことばと書

一見異なるそれぞれの「藝」ですが、私たちが共有しているのは、技術や手仕事を通して自然・社会と深く対話し、自らの生を豊かにひらいていく姿勢です。

「書」とは、世界と対話するための営み

自分を取り巻く目の前の世界をどう切り取るのかといえば、人は自分自身の「言葉」をもってそれをかたちづくっていくことになります。

私にとってその作業は、あらかじめ用意された正解を見つけ出すことではありません。目の前の対象にじっと向き合うデッサンや写生のようでもあり、粘土の質感に手で触れる陶芸のような営みでもあると感じています。

社会への問いかけや、自然へ向けられる温かな眼差し。そうした他者や環境との「対話的なやり取り」のプロセス全体を含んだ一連の営みこそが、私の考える「書」の一つのあり方です。

眼差しを鋭く鍛えるために、古典に学び、筆を執る練習を重ねて技術を磨くこと。さまざまなジャンルの表現に触れ、色々な環境や空間の気配を身体全体で感じ取りにいくこと——。

しかし、技術それ自体が目的なのではありません。 あらゆる術(すべ)は、本来私たちの「生活を豊かにするため」、そして「楽しむため」にあるはずです。この想いこそが、「游藝」という活動の根底に流れています。

「游ぶ」ということ——藝と余白がもたらす幸福

私たちが掲げる「游ぶ(あそぶ)ように」という言葉は、単なる日常の遊びとは少し異なるニュアンスを持っています。

それは、ベースとなる技術(藝)や思考を伴った上で、単に何らかの目的を達成するためだけに術を使うのとは違うあり方です。

目的を超えたところに存在する「余白の空間」において、培った技術を操り、自らの純粋な楽しみや幸福、善意に従ってかたちづくっていくこと。それこそが、私たちの考える「游ぶ」ということです。

効率の先にある、対話という喜び

自分たちの手でものを作り出すことは、効率を上げたり楽をしたりする考え方とは決して一致しません。面倒なことも多く、時間もかかります。

それでも、自らの身体を動かし、素材や空間と対話しながら試行錯誤するプロセスそのものが、人間の根本的な喜びなのだと実感します。

身をもって作ることでしか見えてこない「かたち」があり、こんなにも心が躍る豊かな時間を安易に手放してしまうのは、あまりにももったいないと感じるのです。

書家として、游藝の仲間とともに言葉をつむぎ、この循環と余白の中で自らの思想をかたちにしていきたいと思っています。

10月、鎌倉「喫茶ギャラリーAKI」にて展示イベントを開催します

游藝の空気感や手仕事の質感、それぞれの「藝」に触れていただける場として、秋に鎌倉で展示イベントを開催いたします。

  • 会期: 10月3日(土) 〜 10月4日(日)
  • 会場: 喫茶ギャラリーAKI(鎌倉)

当日は空間展示のほか、各種ワークショップも予定しております。詳細なスケジュールやプログラム内容は、Webサイト内の「News」ページにて順次ご案内いたします。

はじまったばかりの「游藝」の試みを、これから温かく見守っていただけたら嬉しいです。 そして、ぜひ皆さんもこの探求と表現の場に、一緒に飛び込んで楽しんでください。

小杉 卓

こんな記事も書いています